本文へスキップ
医療DX

電子カルテの費用は、なぜ膨らみ続けるのか — 経営層が着工前に決める3つのこと

🏥 病院情報システム 経営層向けシリーズ 理事長・院長・事務長・経営企画のみなさまへ。技術の解説ではなく、決裁の前に何を決めておくかの話です。

結論から

電子カルテの更新費用が膨らむ主な原因は、技術ではなく「決めていないこと」 にあります。

そして、その構造は厚生労働省自身が既に分析しています。次の更新を迎える前に、経営層でなければ決められないことが3つあります。


まず、これは各病院固有の問題ではありません

厚生労働省は2024年12月の検討会資料で、次のように述べています。

コロナ禍以降、病院経営は厳しい状況にあり、特に昨今、病院の情報システム(電子カルテ、レセコン、部門システム等)関連経費が増加し、病院経営を圧迫している

出典: 厚生労働省 医政局 特定医薬品開発支援・医療情報担当参事官室 「病院の情報システムに関する現状と課題について」 (第23回 健康・医療・介護情報利活用検討会 医療等情報利活用ワーキンググループ 資料4、2024年12月2日)

「うちだけが高いのか」ではありません。 国が全体の課題として認識している状況です。

国が挙げている原因

同じ資料は、費用高騰の理由をこう説明しています。

  • これまで病院では主にオンプレミス型(院内にサーバを置く方式)を採用してきた
  • インフラ・データベース・アプリケーションを病院ごとに独自にカスタマイズした
  • その上に、大規模なシステム更改が必要になる
  • そこへ物価・人件費の上昇が重なり、費用の高騰につながっている

注目したいのは、「独自にカスタマイズした」が原因として名指しされている点です。

導入時に現場の要望を丁寧に取り入れることは、その時点では正しい判断に見えます。しかしそのカスタマイズは、更新のたびに作り直しの対象になります。 一度きりの費用ではなく、更新のたびに繰り返し発生する費用です。

費用の話と、人の話は同じ資料に並んでいます

同資料には、注記としてこう書かれています。

※病院・ベンダーにおけるシステム人材確保も困難になってきている

費用が上がっていることと、それを扱える人がいないことは、別々の問題ではありません

要件を詰めきれないまま契約すると、後から追加費用が発生します。ベンダーの提案を評価できないと、必要かどうか分からないものまで含めた見積もりを受け入れることになります。人材の不足は、そのまま費用として現れます。


経営層が着工前に決める3つのこと

以下は、担当者に任せられない——任せると決まらない——性質のものです。

① カスタマイズをどこまで許すか

これは経営判断です。

現場からは「今のやり方に合わせてほしい」という要望が出ます。一つひとつは正当です。しかしすべてを受け入れると、次の更新でその全部が作り直しの対象になります。

決めておくべきは、たとえば次のような線引きです。

  • 診療の安全に関わるものは個別対応する
  • 業務の慣習によるものは、原則としてシステムの標準機能に業務を合わせる
  • 例外を認める場合は、誰が承認するかを決めておく

⚠️ この線引きを決めずに要件定義を始めると、現場ごとの要望を積み上げた仕様ができあがります。そして、それを止められる人が院内にいません。止める権限を持っているのは経営層だけです。

② オンプレミスを続けるか

厚生労働省は同じ資料で、クラウド型への移行という方向性を示しています。

現在のオンプレ型のシステムを刷新し、電子カルテ/レセコン/部門システムを一体的に、モダン技術を活用したクラウド型システムに移行することが考えられないか

複数病院での共同利用や、国が標準仕様を示して民間事業者がそれに準拠した製品を開発する、という構想も併記されています。

ただし、これは「今すぐクラウドにすべき」という意味ではありません。 現時点では検討段階の論点として示されているものです。

経営層として決めておきたいのは、次の更新で何年使うつもりかです。

  • 5年で更新するなら、その間に環境が変わる前提で選ぶ
  • 10年使うつもりなら、途中で方針転換できる構成にしておく必要がある

どちらを選ぶにせよ、決めないまま「今までと同じ」で進むのが最も高くつきます。

③ 誰が要件を決めるのか

3つのうち、最も見落とされやすく、最も影響が大きいのがこれです。

システムの要件を決めるには、次の3つが同時に分かっている必要があります。

医療の業務実際に誰がどう使うか
システム何ができて、何が無理か
調達契約・費用・責任範囲をどう切るか

ベンダーは医療業務を、医療者はシステムを、それぞれ完全には知りません。その間を訳せる人がいないと、要件が固まらないまま契約が進みます。

厚生労働省が「病院・ベンダーにおけるシステム人材確保も困難」と書いているのは、まさにこの人材のことです。

決めるべきは「誰に任せるか」です。選択肢は主に4つあります。

  • 院内で育てる(時間はかかるが、最も強い)
  • 採用する(市場は薄い)
  • 既存の職員が兼務する(多くの病院の実態)
  • 外部の力を借りる

⚠️ 弊社はこの4番目にあたる事業者です。そのため、ここでどれが良いとは申し上げません。 お伝えしたいのは、「決めていない状態で兼務のまま進む」のが最も危ないということです。

この論点は、別の記事で改めて詳しく扱います。


担当者の方へ — 実務の詳細はこちらに

本記事は経営層向けに要点を絞っています。実際に仕様書を書く段階の話は、別記事にまとめています。


参考: 更新を迎える病院は、これから増えます

電子カルテの普及率(医療施設調査)は、令和5年時点で次のとおりです。

普及率
一般病院65.6%(4,638 / 7,065)
400床以上93.7%(609 / 650)
200〜399床79.2%(956 / 1,207)
200床未満59.0%(3,073 / 5,208)
一般診療所55.0%(57,662 / 104,894)

出典: 厚生労働省 医療施設調査(前掲資料より)

400床以上では9割以上が既に導入済みです。つまりこれからの数年は、新規導入ではなく更新の局面に入ります。

導入時は「入れるかどうか」が論点でした。更新では、何を残し、何をやめるかが論点になります。判断の性質が変わります。


まとめ

決めることなぜ経営層か
① カスタマイズをどこまで許すか現場の要望を止められるのは経営層だけ
② オンプレミスを続けるか何年使うかは投資判断
③ 誰が要件を決めるのか人の配置は経営マター

3つとも、着工前に決めておけば費用に効きます。 動き始めてからでは、決め直すこと自体に費用がかかります。


弊社について

MEDICT は、大学病院の医療情報部・県立病院の電子カルテ統括などに携わってきたメンバーで構成しています。発注する側にいた経験をもとに、要件定義・RFP作成・ベンダー選定のご支援をしています。

「この仕様書で発注して大丈夫か」という段階でのご相談も承ります。

ℹ️ 本記事の引用・数値は、厚生労働省の公開資料に基づいています。 費用の相場については、病院の規模・診療科・既存システムの構成によって大きく異なるため、 具体的な金額は記載していません。

関連キーワード(AI 抽出): #病院情報システム #経営層向け #電子カルテ #医療DX #システム更新 #調達

医療 × ICT × AI のご相談は株式会社メディクトへ

予約システム・ホームページ制作・医療データ分析など、記事に関連するご相談も歓迎です。

株式会社メディクトに相談する →

関連する記事

医療DX

2026年の医療情報トレンドを読む ― ホスピタルショウと看護学術大会に見えた「生成AIの実装期」と2040年への構造転換

2026年7月に開かれた国際モダンホスピタルショウ2026と、7月10〜11日に神戸で開かれる第27回 日本医療情報学会看護学術大会。この2つのプログラムを横断すると、2026年の医療情報のトレンドがくっきり見えてきます。生成AIが『使うか』から『どう実装・定着させるか』の段階へ進んだこと、2040年を見据えた構造転換、標準化、令和8年度診療報酬改定、そして『DXの定着は組織と人の問題』という気づき——現場目線で5つの潮流を深掘りします。

続きを読む
医療DX

電子カルテのリプレイス・データ移行で失敗しないために ― ベンダーロックインと「移行の壁」

電子カルテは一生ものではなく、数年ごとにリプレイス(入れ替え)の時期が来ます。最大の難所が過去データの移行です。独自形式・項目のずれ・画像やPDF・ベンダーロックイン…。移行でつまずく典型パターンと、後悔しない進め方(データの棚卸し→移行範囲の線引き→標準形式でのエクスポート→リハーサル→並行稼働→契約でのデータ所有権確保)を、電子カルテ構築の現場視点でやさしく整理します。

続きを読む
デジタル化の基礎

サイバー攻撃で診療が止まったとき、責任を問われるのは誰か — ガイドラインに「経営管理編」がある意味

医療情報システムの安全管理ガイドライン第7.0版は、読者類型ごとに5編に分かれています。そのうち一つが「経営管理編」で、対象は経営層です。さらに同ガイドラインは、サーバの保守を事業者に委託していても「契約書に記載がなければ医療機関側の責任となっている可能性がある」と明記しています。契約は経営層が結ぶものです。

続きを読む