🔐 やさしい解説シリーズ 医療機関の情報セキュリティを、日々の運用の言葉で整理します。今回は「持ち出し」の話です。
一番小さくて、一番よく無くなるもの
医療機関の情報セキュリティというと、ファイアウォールや認証の話が思い浮かびます。しかし現実に事故が起きやすいのは、もっと素朴なところです。
USBメモリ、外付けHDD、CD-R、SDカード——こうした可搬媒体(かはんばいたい)は、いまも多くの医療機関で日常的に使われています。検査データを部門間で渡す、学会発表の資料を持ち帰る、保守業者にログを渡す、他院に画像を送る——用途は尽きません。
そして、最も紛失しやすいものでもあります。
なぜ危ないのか ― 3つの理由
① 紛失・盗難がそのまま漏えいになる
暗号化されていない媒体は、拾った人が挿せば中身が読めます。鞄ごと置き忘れる、電車で落とす、車上荒らしに遭う——院内の対策がどれだけ堅くても、外に出た瞬間に無関係になります。
医療情報は要配慮個人情報を含みます。漏えいの影響は、一般的な業務情報とは比較になりません。
② ウイルスの「持ち込み口」になる
外のパソコンで使った媒体を院内の端末に挿す。これは、インターネットにつないでいない院内ネットワークにマルウェアを持ち込む、代表的な経路です。「うちはネットにつないでいないから安全」という前提が、媒体一本で崩れます。
③ 誰が持っているか分からなくなる
これが最も厄介です。媒体は小さく、安く、簡単に増えます。気づけば台数も所在も把握できていない。事故が起きたとき、「何が入っていた媒体か」すら特定できないという事態になります。
危険の本質は「壊れやすい」ことではなく、組織のルールの外側で静かに増殖することです。
用途ごとの置き換え先
「USBを禁止する」だけでは、現場は止まります。何のために使っているのかを分解し、それぞれに代替を用意するのが実務的です。
院内での受け渡し → 共有フォルダ+権限設計
部門間でデータを渡すためだけに媒体を使っているなら、院内のファイルサーバに共有領域を作るほうが速く、記録も残ります。重要なのは、置き場所を作るだけでなく、誰がその領域を読み書きできるかを設計すること。全員が見られる共有フォルダは、別のリスクになります。
外部への送付 → 期限・パスワード付きのファイル転送
他院や委託先へ送る場合は、ファイル転送サービスを使う方法があります。選ぶ際は、保存場所(国内か)、通信の暗号化、ダウンロード期限、アクセス記録が残るかを確認してください。無料の一般向けサービスをそのまま業務に使うのは避け、院として使うサービスを決めておくことが肝心です。
保守業者とのやりとり → 保守回線経由
障害調査のログを媒体で渡す運用は、保守用の接続経路を整備すれば不要になります。これは安全管理上も推奨される方向です。詳しくは 外部との通信・保守回線 をご覧ください。
持ち帰り作業 → そもそも持ち出さない
自宅で資料を作りたい、当直中に確認したい——という要望に対しては、データを持ち出すのではなく、画面だけを届ける考え方があります。VDI(仮想デスクトップ)やリモートアクセスがこれにあたります。
手元の端末にデータが残らないため、端末の紛失が即座に漏えいにはなりません。導入の負担はありますが、「持ち出しをどう安全にするか」ではなく「持ち出さなくて済む形にする」という発想の転換です。
それでも媒体を使うなら ― 最低限の5つ
現実には、媒体が必要な場面は残ります。禁止一辺倒にせず、使う前提でルールを決めるほうが守られます。
- 台帳で管理する ― 院として認めた媒体に管理番号を振り、貸出・返却を記録する。所在が分かる状態を保つ。
- 暗号化された媒体を使う ― パスワードや指紋認証で保護されたものを選ぶ。落としても中身が読めない状態にしておく。
- 私物の媒体を使わせない ― 個人が持ち込んだ媒体は台帳にも載らず、他所での使用歴も分かりません。院が配布したものだけを使う。
- 使用後に確実に消す ― ファイルを削除しただけでは復元できる場合があります。消去の手順を決めておく。
- ウイルスチェックの経路を決める ― 外部で使った媒体を院内に持ち込む際、どの端末で、どうチェックしてから使うかを手順化する。
ルールは「守れる形」にする
厳しすぎるルールは、必ず抜け道を生みます。「USBは全面禁止」と決めた院で、現場が私物のクラウドストレージを使い始めた——これでは、管理できない持ち出しに置き換わっただけです。
大切なのは、現場が困らない代替を先に用意してから、媒体を絞る順序です。使いやすい共有フォルダとファイル転送の仕組みがあれば、媒体は自然に減ります。
なお、こうした持ち出し・外部保存の考え方は、厚生労働省の医療情報システムの安全管理に関するガイドラインでも扱われています。院の規程を作る際は、原典もあわせてご確認ください。
まとめ
- 可搬媒体の危険は、紛失・ウイルス持ち込み・所在不明の3つ。本質は「ルールの外で増殖する」こと。
- 用途ごとに代替を用意する ― 院内は共有フォルダ+権限設計、外部送付は期限・パスワード付き転送、保守は保守回線、持ち帰りはVDI等で持ち出さない形に。
- それでも使うなら ①台帳管理 ②暗号化媒体 ③私物禁止 ④確実な消去 ⑤ウイルスチェックの経路。
- 禁止だけでは抜け道ができる。代替を先に用意してから絞る。
学びを深める
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